コラム

孫の手

2012.05.01

神経内科 講師 松村美由起

 長年認知症に向き合い研究と治療に携わってきた私ですが、先日とても嬉しく心強く感じる思いをしました。それはある大学附属中学3年の女子学生さん4人が、修学旅行の一環で、記憶や認知症についての取材にみえた事です。

 制服に身を包んだ彼女達は実に礼儀正しくかつ真剣に、自分たちが中学3年間で追及してきた記憶や認知症のテーマについて質問をなげかけてきました。そのテーマを選んだ契機は各人それぞれでしたが、自ら本やインターネットで調べ、さらに取材を行うことでより現実感を帯びた内容へと高めてゆきたい、もっと知識を深めたいという想いがひしひしと伝わってきました。修学旅行の全日程を取材やそれを基にした討論に充てている彼女達は、取材をすること、知識を得る事に大いなる喜びを感じていました。わずか1時間の対面でしたが、その真摯な態度、向学心に燃えた志高き少女達の想いが胸に刻まれ、いつまでも心に残ったのでした。

 中学生の取材の翌日、女子医大の新入生オリエンテーション実習を担当しました。女子医大は一貫して「人間関係教育」なるものを行います。これは全人的医人を育成するための本学独自のカリキュラムです。入学直後でまだ医学の道の入り口に立ったばかりの彼女達ですが、私が想像する以上に人の上に思いをはせることができ、驚きと喜びを感じました。

 中学生も我が後輩達も、多くを学び、その知識と他者への想いを深めて、人々のため世のために力を尽くすことに喜びを感じる社会人に大きく羽ばたいて欲しいものです。

 さて、ある機会に高齢化社会の実情について当センターのある渋谷の実態を調べたことがあります。高齢者の居住実態は、独居もしくは高齢夫婦世帯、未婚の子供との同居世帯が約7割を占めていました。子供と同居の世帯でも、日中仕事をしている場合は子供も介護力としてあてにはなりません。高齢者が病気になった場合のサポート体制は極めてもろいという現実が見えてきます。

 学校教育の一環として文化伝承のために高齢者に総合学習の時間の講師を依頼することもあります。ある施設では学童保育とグループホームを併設し、子供と高齢者(この場合は認知症高齢者ですが)がともに過ごすことで、子供は核家族の中では得難い知恵を学び、認知症高齢者は子供から求められることで生きがいを得て認知機能が改善し、日常生活が活性化する相乗効果が得られたと報告しています。

 働き盛りの子供世帯が介護を負担することは非常に厳しく、さりとて潤沢な資金源もない現状において高齢者介護をどう解決してゆけばよいのでしょうか。
 これは日々の臨床の中でいつも頭を悩ませている問題です。

 先日の真摯な中学生や我が後輩との体験で、若者の潜在する実力を実感しました。常々認知症高齢者が安心して暮らせる世の中になるためには…と考えていましたが、実は若者の中にこそその回答があるのではないかと感じました。若者をどの様にして参加させて行くかがこれからの私の課題です。“今時の若者は…”と言わず、彼らの中にある素晴らしい潜在能力を介護に生かし、ともに助け合い学びあい、安心して暮らせる社会になって欲しいものです。

 “孫の手”に期待。そうです、そして我々医師は医療従事者としてどう力を注ぐことができるのかを考え、努めてゆかなければならないと身に染みた若葉の春でした。