聴神経腫瘍
担当医
聴神経腫瘍とは、聴力を伝える神経の周囲を鞘のように被っているシュワン細胞から発生する腫瘍です。多くはゆっくりとした発育であり良性の腫瘍と考えられています。ただし、中には成長が早いものもあります。腫瘍が増大することで種々の症状があらわれます。年齢や腫瘍の大きさ、症状を診断した上で経過観察、手術による摘出、ガンマナイフなどによる局所放射線照射、上記の組み合わせなどの治療方針を選択いたします。
症状
聴神経腫瘍の初期症状として最も多いのは聴力の低下、耳鳴りです。徐々に音が聞こえなくなるので、はじめは気づかないことも多く、時には電話の声が聞こえづらくなり発見されることもあります。さらに、突然音が聞こえなくなる突発性難聴から見つかる場合もあります。この原因として、腫瘍が大きくなると聴神経を圧迫し、神経を栄養する血管の血流障害を起こすため、症状が出現すると考えられています。その他の症状としては、聴神経の近くにある顔面の神経を圧迫するため、顔面の麻痺やしびれなどを生じます。大きな腫瘍の場合には、めまいや歩行障害、嚥下障害などをみることもあります。
検査
画像診断:聴神経腫瘍の診断はMRI検査が有効です。特殊なMRIでの検査方法を用いることで周囲に走行する神経をくわしく観察できる場合があり、手術を予定される方にはとても重要と考えています。その他、腫瘍と血管との関係性を調べる上で造影剤を使用した脳血管撮影検査や3D-CT Angiographyなどの検査を行うことがあります。聴力や平衡感覚の検査や嚥下機能の検査といった生理検査(機能検査)を行うこともあります。
当院での判断基準
腫瘍の大きさと神経症状の有無、周囲の血管や神経などの位置関係により、治療方針や手術の危険性を判断しております。
参考資料
1.腫瘍の大きさ(Koos分類) | Koos I | 腫瘍は内耳道内に限局 |
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Koos II | 腫瘍は内耳道から外に出ているが脳幹を圧迫するには至っていない | |
Koos III | 腫瘍は脳幹に接している | |
Koos IV | 腫瘍は小脳や脳幹を圧迫している | |
2.顔面神経麻痺 (House & Brackmann分類) | Grade I | 正常。機能障害なし |
Grade II | 軽度障害。ごく弱い筋力低下で閉眼可能、 運動時のわずかな口角非対称 |
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Grade III | 中等度障害。安静時左右対称、努力閉眼可能、運動時の口角非対称 | |
Grade IV | 中高度障害。閉眼不能、前頭筋完全麻痺、口角非対称 | |
Grade V | 高度障害。安静時でも顔面非対称、かろうじて筋肉の動きは認められる | |
Grade VI | 完全麻痺 | |
3.聴力障害(Gardnor & Robertson分類) | Class 1 | 良好.正常(Good) |
Class 2 | 有効(Serviceable) | |
Class 3 | 非有効(non serviceable) | |
Class 4 | 不良(Poor) | |
Class 5 | 無し(None) | |
4.聴力検査 | 聴力が低下した場合、特に影響を受けるのが人との会話です。単に音を聞き分ける機能検査(純音聴力検査)だけでなく、話し声をどの程度聞き分けられるか(語音弁別能検査)にて聴力を判断します。この2つの検査結果を組み合わせて手術の前後の聴力を評価します。 |
治療方針
小さい腫瘍の場合(Koos I,II) | 経過観察、外科治療、放射線治療のすべてが適応となります。この腫瘍の多くは良性で成長速度も遅いことより、症状がでていない場合は経過観察することも可能です。手術を選択した場合、腫瘍が小さいほど顔面神経麻痺の出現の可能性は低くなりますが、有効な聴力に障害を受ける場合があります。ガンマナイフ治療による局所放射線照射は、顔面神経麻痺、聴力障害いずれも出現の可能性が低いことから、腫瘍が小さい場合に選ばれることが多くなります。ガンマナイフでは腫瘍の増大を抑えること(腫瘍制御率)は90%を超えていますが、有効聴力が時間経過とともに低下(5年で70%程度に低下)するという合併症もわかっています。 |
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中程度の腫瘍の場合(Koos III) | 手術、ガンマナイフ治療それぞれに一長一短があります。また治療には患者さんの年齢や合併症なども考慮して方針を決めています。根治性(できる限り腫瘍を摘出して再発の可能性をなくしてしまう)を求めるならば手術が理想的ですが、手術後に聴力障害や顔面神経麻痺が一時的、ないし永続的に出現することもあります。これら神経がどの程度腫瘍に圧迫され、かつ、どの程度腫瘍に張り付いているかによります。ガンマナイフ治療の場合には聴力障害や顔面神経麻痺の発生率は手術より低く、治療が数時間で終わることが利点です。 ただし、ガンマナイフ照射後、半年くらい後に腫瘍が一過性に大きくなり、その際に症状が出現、悪化することがありえます。また数年で再増大をきたしたり、嚢胞形成して症状が出現、悪化する症例もあり、脳幹への圧迫症状が出現した場合は手術が必要になることもあります。当院では、手術とガンマナイフ治療、それぞれの担当医師が治療の効果や危険性などを説明した上で治療方針を決定しております。 |
大きな腫瘍の場合(Koos IV) | 脳幹が圧迫されると嚥下障害、平衡感覚障害、聴力障害や顔面神経麻痺が出現し、高度になると動けなくなったり、命にかかわることがありますので、基本的には手術の適応です。 |
手術の場合のその他の合併症
髄液漏 | 脳の周りを循環している脳脊髄液が開頭手術により鼻や耳から漏れてしまう状態をいいます。手術時の発生予防技術によって当院では低率で抑えています。 |
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めまい、嘔吐 | この腫瘍は聴神経を構成している前庭神経に発生することが多く、術後に回転性めまいや嘔吐が出現する場合があります。手術では小脳を触って行いますので、小脳症状としてめまい、吐き気、食欲不振が出ることもあります。術後の数日間はベッド上での安静が必要になる場合がありますが、いずれの原因でも早期に回復することが多いです。 |
顔面神経麻痺 | 聴神経と顔面神経は隣接しており通常聴神経腫瘍では顔面神経は腫瘍表面に広がるように存在しているため、腫瘍摘出術においては常に顔面神経の温存が課題となります。当院では神経刺激モニタリングと持続顔面神経モニタリングを行い神経温存に努めています。 |
これら症状がひどくなければ、通常は術後7~14日程度で退院になります
当院での治療
当科では、全身麻酔下で手術を受けて頂く患者さんの安全を可能な限り確保するため、外科治療の際に以下の準備をしています。
- 神経機能温存のための神経モニタリング
- ① 運動誘発電位(Motor evoked potentials)
- ② 体性感覚誘発電位(Somatosensory evoked potentials)
- ③ 視覚誘発電位(Visual evoked potentials)
- ④ 眼球運動モニタリング
- ⑤ 下位脳神経モニタリング
- ⑥ 聴性脳幹反応( Auditory Brain-stem Response)
- ⑦ 神経刺激モニタリング(顔面神経など)
- ⑧ ICG(インドシアニングリーン)蛍光造影法を用いた動静脈血流確認
脳腫瘍の外科治療は全身麻酔で行われることが多く、麻酔がかかっている状況下でも患者さんの神経機能が温存されていることを確認するために、神経モニタリングを術中に用いています。腫瘍の大きさや部位により、障害されるリスクのある脳機能が異なりますので、上記のモニタリングの中から必要な組み合わせを選んで中枢神経である脳や、脳幹から発生する脳神経の安全、血流の温存を確認しながら手術を行っています。
当院の手術現場では高度な専門性を持った専任の神経モニタリングスタッフが常駐しているため、以上のモニタリングを行うことで脳神経外科手術の質の向上を図り、安全性の確保を行っています。モニタリングのため、術後に手、足、顔面や頭部に小さな針孔のような傷がついていることがあります。これらは麻酔がかかった後で、装着させてもらっているモニタリングの痕です。 - ナビゲーションシステム
自動車運転で使用するナビゲーションとコンセプトは同じです。ナビゲーションは今自分がどこにいるのか、目的地まではどのように進めばいいのか、を画像で示してくれます。医療においてもナビゲーションシステムが導入されていますが、どこの病院においても存在するものではありません。予め取得した患者さんの腫瘍や周囲の構造物の情報(画像の情報)をナビゲーションシステムに組み入れることで、術中の患者さんの術野で今、どこの作業をしているのかが画像と連動してナビゲーションに示されるのです。このようにして、目的-つまり、安全に腫瘍を摘出するということが可能になります。
- 術中迅速診断
手術中に腫瘍を病理検査に提出し、術中におおよその診断を付けることができます。腫瘍の悪性度の判定が可能となることもあります。腫瘍の悪性度や組織診断により摘出率を考慮したり、手術の終了の判断をしたりすることがあります。最終的な確定診断は病理診断で、術後1,2週間くらい要します。
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放射線治療との協力体制
手術のみで安全な摘出が困難(神経機能や脳血流の温存が困難)と考えられる場合にはガンマナイフなどの放射線治療との併用も考慮した治療方針を選ぶ場合があります。つまり、大事な血管や神経に癒着している腫瘍を意図的に残して手術を終了し、術後に放射線治療を追加することで治療を完結するという方針をとることもあります。
- 術中使用するモニタリング電極
- 脳神経と腫瘍の位置関係のCISS画像
- 術前診断としてのCISS画像
腫瘍によっては神経を圧迫したり巻き込んでいるものがあり術前のMRIを特別なソフトで画像処理(CISS画像( constructive interference in steady state)を用いて)することで神経との位置関係を3次元で評価し手術の安全性を高めています。
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抗てんかん薬の投与
脳腫腫はその自然歴でも痙攣発作を併発する可能性があり手術後には、安全のため抗てんかん薬を点滴投与、必要に応じて内服投与を行っていただく場合があります。
その場合、内服中は自動車運転や高所での作業など危険を伴う行動に制限が出ることがありますので、ご了承ください。