人工膝関節手術に関して、その特徴と種類、膝関節周囲矯正骨切り術との比較。そして当科で行っている人工膝関節置換術の特長をご説明させていただきます。(伊藤匡史)
1 人工膝関節置換術の対象となる患者様
人工膝関節置換術は変形性膝関節症、膝の骨壊死、リウマチなどによる膝関節症が原因で、軟骨や骨が磨り減った結果、保存療法で痛みが良くならない患者様が痛みなく歩けるように行う手術です。
人工膝関節置換術の効果は膝の痛みが軽くなり、歩きやすくなることです。また、膝の骨や靱帯が欠損しているため膝がグラグラして歩けない、という症状の患者様に対しても効果的です。また、変形のために膝がひどく曲がってしまった方、まっすぐ伸ばせない方も治すことができます。
2 人工膝関節置換術とは
人工膝関節置換術は摩耗して傷んだ関節表面を人工物で置き換える手術です。傷んだ関節表面を人工膝関節の部品の厚み分だけ削って面取りして、人工関節を設置します。すべての膝関節表面を置き換える人工膝関節全置換術(以下 TKA)、部分的に置き換える人工膝関節部分置換術に大別されます。さらに部分置換術は置き換える部位によって種類が分かれます。
傷んだ部分が新しく置き換わるので除痛効果が優れています。人工膝関節置換術が世界中でおこなわれるようになって40年以上経過しましたが、最近さらに人工関節の素材やデザインが進歩して、当初10-15年とされていた耐久年数も、正しく手術が行われれば20年以上期待できることや、強い衝撃が加わらないスポーツ活動ならば可能なことが分かってきました。すなわち人工膝関節置換術は軟骨や骨がひどく摩耗した患者様に対して行えて、術後は軽いスポーツ活動(ゴルフ、卓球、水泳、ダブルステニス、ハイキングなど)も可能な手術です。しかし、運動負荷の高いスポーツ(マラソンやジャンプを伴う競技など)を行うことは推奨されません。
3 人工膝関節の種類
3 - 1 人工膝関節全置換術(TKA)
TKAは、軟骨や骨の摩耗が高度の患者様に対して行える手術です。TKAの対象となる患者様は、関節内の広い範囲にわたって軟骨が傷んでいる状態に加えて膝の中心部にある十字靱帯も傷んでいる方にも行なえます。O脚やX脚のひどい方もまっすぐに治すことができます。その他、膝の内側や外側の靱帯が切れてしまって膝がグラグラする方や膝が後ろに反り返ってしまう方にも特注のTKAを使用すれば、それらの症状も治療できます。すなわち膝の状態が非常に悪い患者様までほぼ全ての病状に対して行えます。また大きい頑丈な部品で膝を支えるので耐久年数も優れています。世の中で行われる人工膝関節手術の約90%はTKAです。
TKAの部品は特殊合金製の大腿骨部品と脛骨部品、ポリエチレンインサート(特殊プラスチック製の人工の軟骨)、膝蓋骨部品からできています(図1)。
手術方法は大腿骨、脛骨の関節表面をTKAの各部品の厚み分である約1センチだけ削って面取りします(図2-3)。
この際には脚がまっすぐになり、かつ膝がキツすぎずユルすぎない状態に仕上がるように骨を削る必要があります。関節の上下から約1センチずつの厚みの骨を削っているので2センチの隙間ができます。そこにTKAの部品を設置します。大腿骨部品と脛骨部品と人工軟骨の厚みを合計すると18-19ミリの厚みになります(図4)。約2センチの隙間に18-19ミリの厚みを持った人工関節を設置すると1-2ミリ程度の遊びを持った、キツすぎずユルすぎない膝に仕上がります。
TKAの長所は耐久年数が優れている、術前の状態がかなり進行、悪化した患者様にも行えるという点(図5)、手術件数が多く普及しているので、多くの病院で受けることができる、と言った点です。それに対してTKAの今後の課題は、人工物に置き換える部分が大きいので痛みは良くなったがなんとなく膝の違和感が残る、人工膝関節部分置換術や骨切り術と比較して膝の曲がりが悪いという点です。手術前にどのくらい曲がっていたかによりますが、平均すると120°程度は曲がります。
3 - 2 人工膝関節部分置術
3 - 2 - 1 単顆置換術(以下UKA)
UKAは膝の内側もしくは外側のみに病変があるが、その他の部分が健常な場合に行えます。ただし、脚がひどく曲がっている方や、膝の靱帯が切れてしまっている方や膝の曲げ伸ばしの角度が悪い方には行えません。すなわち、変形がそれほど強くなく、病変が一部分のみに限られ、膝靱帯が健常な患者様がUKAの適応となります。健常部分は温存して、傷んでいる部分だけを入れ替える手術です。そのため、TKAのように、図5のような変形してひどく曲がった膝の大改築をして真っ直ぐにするということはUKAでは出来ません。
UKAの部品は特殊合金製の大腿骨部品と脛骨部品、ポリエチレンインサート(特殊プラスチック製の人工の軟骨)からできています。すべての部品をあわせた厚みはTKAの半分で約10ミリです(図6)。UKAは骨を削る厚みがTKAの1/2で、面積が1/3なので骨を削る量はTKAの1/6程です。
UKAの長所は骨を削る量や筋肉や腱の切開範囲が少ないので体への負担がTKAよりも少なく術後の回復が早い、健常部分が残るのでTKAよりも膝の違和感が少なく膝の曲がりも良い、という点です。UKAの短所は小さな部品で体重を支えるので耐久年数がTKAよりも短い、手術をしなかった部分が経年的に悪化して将来的に追加手術が必要となるおそれがある、TKAよりも適応患者様が限定される、高度に変形して曲がった脚を真っ直ぐには出来ない、手術には医師側の経験と技術が必要となるので、どの病院でも手術ができるわけではない、という点です。UKA適応患者様の多くは内側障害型の変形性膝関節症ですが、外側障害型の変形性膝関節症にも行っています(図7)。
(図7)
3 - 2 - 2 膝蓋大腿関節置換術 (以下PFA)
病変が膝蓋大腿関節(膝蓋骨の裏側の関節)のみに存在する患者様に行います。正常部分は可能な限り温存し病変のある膝蓋大腿関節のみ置き換えます(図8)。膝蓋大腿関節に病変がある方は膝のその他の部位も傷んでいることが多く、そのような方にはTKAが行われますが、膝蓋大腿関節のみに病変がある患者様もいらっしゃいます。このような患者様がPFAの適応となります。
PFAの長所は、骨を削る量や筋肉や腱の切開範囲が少ないので体への負担がTKAよりも少ない、健常部分が残るのでTKAよりも膝の違和感が少ないことがあげられます。短所は、手術をしなかった部分が経年的に悪化して将来的に追加手術が必要となるおそれがある、手術にはTKAよりも高い技術が要求される、適応患者様が限定されるため手術件数やデータが少なく、長期成績がまだはっきり分かっていない、という点です。TKAと部分置換術との比較をまとめます(表1)。
TKAと部分置換術との比較 | |||||||
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術式 | 適応可能な病態 | 手術手技 | 体への負担 | 術後の膝の曲がり | 術後の膝の違和感 | 耐久年数 | 退院までの期間 |
TKA | ○ あらゆる病態に対処可能 |
○ 部分置換手術より普及しておりが、良好な術後成績には熟練が必要 |
△ 手術部分が多いので部分置換よりも負担が大きい |
△ 深いしゃがみ込みや、正座は難しい |
△ 部分置換よりも違和感を訴える割合が多い |
○ 20年以上 |
△ 術後2-3週間 |
部分置換 (UKAやPFA) |
△ 適応症例が限定される |
△ TKAよりもさらに熟練が要求される |
○ TKAの半分以下 |
○ 深いしゃがみ込み、正座できる人は珍しくない |
○ TKAよりも違和感が少ない |
△ 15年以上 |
○ 術後1-3週間 |
4 膝周囲矯正骨切り術との違い
-人工膝関節が適する患者様、骨切り術が適する患者様-
骨切り術は、脚の変形(O脚やX脚)や膝関節の摩耗の結果として、歩行時の重心が膝関節内の傷んだ部分に集中してしまっている病状に対して、脚のゆがみを治して重心が健康な軟骨が残っている部分を通るように調整する手術です。ゆがんだ脚を膝関節の近くで骨切りして真っ直ぐにするので、膝関節そのものは切開しません。関節の切開をせず、自分の関節が温存されるので術後に膝の曲がりは悪くなりません、当科のデータでは術前より曲がりは少し良くなります。骨切り手術後に骨がくっつけば、スポーツ活動も制限なしで可能です。
重心が健常軟骨の部分に移るので、痛みは良くなりますが、術前に傷害された部分は元通りにはなりません。つまり、自分の関節を温存するということは軟骨や骨が摩耗した状態もそのままということです。骨切り術後に傷んでいた関節軟骨はある程度再生しますが、決して元通りにはなりません。そのため、軟骨の摩耗がひどい患者様に対する骨切り術の除痛効果や耐久年数は、軟骨がまだ残っている患者様におこなった場合よりも劣ります。骨切り術は行うべき病期のタイミングが重要な手術と言えます。変形性膝関節症の病状が進行する前に行うと、よりよい結果が得られます。 もちろん人工関節と骨切り術のどちらの手術方法でも効果は得られますが、より良い結果を得るために必要な手術方法は患者様それぞれの状態で異なります。各々の手術方法で膝に与える効果に微妙な違いがあるからです。一般に、骨切り術が行われるのは、軟骨の摩耗が少なく、衝撃の加わるスポーツなどをする方です。人工膝関節は、変形が強く、軽いスポーツ(ゴルフ、卓球、水泳、ダブルステニス、ハイキングなど)程度の穏やかな生活をされる方が多いです。人工膝関節(部分置換術含む)と骨切り術の比較をまとめます(表2)。
人工膝関節と骨切り術の比較 | |||||||||
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術式 | 手術の適切な病期 | 年齢 | 体への負担 | 術後の膝の曲がり | 術後の膝の違和感 | 術後のスポーツ | 退院までの期間 | 社会復帰までの期間 | 耐久年数 |
人工関節 (TKAと部分置換をあわせて) |
○ 軟骨や骨の摩耗が進んでも可能 |
△ 50歳代以下に行うことは少ない(リウマチなどの疾患は) |
△ (TKA)~○(部分置換) |
△ TKAはしゃがみや正座は困難。部分置換でも骨切りよりは劣る |
△ 骨切りと部分置換は同程度。TKAの方が違和感の頻度が高い。 |
△ 衝撃が加わったり、跳躍や疾走するスポーツは不向き |
△ (TKA術後2-4週間)~○ (部分置換1-3週間) |
○ 術後2-8週間 |
△ (部分置換15年以上)~○ (TKA20年以上) |
骨切り術 | △ 病期が進行していると術後成績が劣る |
○ 制限ないが、70代後半は件数が少ない |
△ TKAと同程度 |
○ しゃがんだり、正座できる人が多い(術前の曲がりが影響) |
○ TKAよりも違和感が少ない |
○ 制限なし(術前の病期による) |
△ 術後2-5週間 |
△ 術後3週間-3ヶ月 |
△ 10-15年以上 |
5 当院の人工膝関節置換術の特長
5 - 1 手術適応患者様に関して
80歳以上の高齢者の患者様や、血液透析、臓器移植後、糖尿病、心疾患や重要臓器疾患、その他諸々の全身合併症をお持ちの患者様でも他科と連携して大学病院の高度医療で術後の全身管理を行っています。全身状態が悪いため『手術ができない』と他院で言われた患者様も、当院では体への負担の少ない手術を行い、しっかりと回復し日常生活に復帰しています。
5 - 2 多くの治療法選択肢から、患者様それぞれの状態に適した方法を選択
変形性膝関節症には保存療法から関節鏡視下手術、膝周囲矯正骨切り術、人工関節部分置換、人工関節全置換まで、様々な治療法があります。当科では、膝関節に行われるあらゆる治療法の中から、患者様それぞれの病状や、趣味、職業、生活スタイルなどを吟味し、個々の患者様にベストな治療法を、患者様といっしょに考えて実践しています。
5 - 3 人工関節の種類の選択に関して
人工膝関節置換術の適応と判断したら、出来るだけ負担の少ない部分置換術で行えないかを検討します。部分置換の際には術前の患者様の病態が非常に重要となります。部分置換が適しているかを十分に調べて選択します。①膝の変形が高度な場合、②膝の曲げ伸ばしの可動範囲が狭い場合(膝が曲がったまま真っすぐ伸びない、90度以上曲がらない)、③骨がもろくて部分置換の小さな部品を支えられない、などの場合は病変が一ヶ所に限られていてもTKAの適応となります。
検討の結果、TKAが適切だと判断した場合は、体への負担が少なく、正確な部品設置がおこなえる最新の手術手技で最良のTKAを提供します。
当院は再置換手術や高度変形などの難易度が高い手術の経験が豊富ですので、そういったケースにも最新最良の治療行っています。
5 - 4 手術の実際
5 - 4 - 1 術前計画
患者様各個人の膝の大きさや形にあった最適な人工膝関節を設置するために、術前に脚全長のCTスキャン検査を行います。人工関節がもとの膝の形に三次元的にフィットして設置されることが非常に重要です。そこでCTデータをもとにして、人工膝関節設置のための専用画像ソフトを用いて患者様ひとりひとりのオーダーメイドの術前計画を行います。そうすることで患者様個人にあった最適な人工関節の機種、サイズ、正しい設置位置を術前に知ることが出来ます(図9)。
5 - 4 - 2 関節展開方法
当科では膝の骨に到達するための関節展開方法に大腿四頭筋腱完全温存法(サブバスタス展開法)をほぼ全例で行っています。この方法は筋肉や腱そのものは全く切開しないので、患者様の術後の回復が早いのが特長です。その代償として手術視野の確保が難しいので一般的ではありません。しかし当科では視野確保が難しいサブバスタス展開法に独自の工夫を加えることで十分な手術視野を確保し、人工関節の正確な設置を行っています。
5 - 4 - 3 人工関節部品設置のための骨切り
人工膝関節手術は人工関節の部品の厚み分だけ、関節表面の骨を正しい角度で切る、というのが原則です。しかし、ただ単に骨を決められた量だけまっすぐに切るだけでは、膝の靭帯が固い患者様は術後に膝が固くなって曲げ伸ばしがしづらくなる危険性や、逆に膝の靭帯がゆるい患者様は術後に膝がぐらつく危険性があります。
そこで患者様ひとりひとりの膝の靭帯の固さを正しく評価しながら正しく手術をするために、手術中は特注の専用機械を使って靭帯の固さを計測し手術を行います。そうすることで最適の骨切り量がミリ単位で予測でき、術後に丁度よいしなやかさを持った膝になります。
5 - 4 - 4 手術時間や輸血の必要性
手術時間はほとんどの場合、片膝の場合は1時間前後、両膝同時の場合は2時間前後で終了します。手術が短時間で終わればそれだけ術後の感染は起こりづらくなります。特殊症例や再置換手術の場合は手術時間がこれより長くなります。
また原則として他人の血液由来の輸血や、自己血輸血は行っていません。当科で人工膝関節を受けられた後に輸血が必要となる方はほとんどいらっしゃらないからです。術前から貧血傾向の両膝同時手術予定の患者様は自己血貯血を行うことがあります。
5 - 5 手術日とそれ以降の予定
麻酔科医が術後の痛みを和らげるための末梢神経ブロック注射を患者様が麻酔で眠っている間に行います。術日以降の痛みが少なくなるのでリハビリテーションがスムースに行なえます。
術翌日より理学療法士の指導のもと立位歩行訓練を開始します。歩行訓練、階段訓練を自宅生活での自信がついたら退院の目安としています。個人差はありますが全置換で術後2?3週間、部分置換で術後1?3週間としています。その後はご自宅近くでの通院リハビリテーションを必要に応じて行います。自宅退院に自信の持てない方、高齢の方、時間をかけてしっかりリハビリテーションをしたい方は、リハビリテーション専門病院などに転院することも選択できます。
6 最後に
人工膝関節は「術後は杖が必須」、「車椅子になるおそれがある」、「術後にスポーツなんてとんでもない」などと言われていたのは過去の話です。最新の手術方法、最新の人工関節機種で適切な治療を受けた場合は、術後にスポーツ復帰する患者様も珍しくありません。
また「高齢だから手術ができない」、「全身合併症が多いから手術ができない」、「再置換手術で難しいから手術できない」などと言われた患者様も当科で治療を受けて回復しておられます。大事なのは諦めないで治療をすることです。我々とともに膝を治して、元気に歩く楽しい生活を手に入れましょう!
人工膝関節に関する最近の当科での研究発表
学会名 | 演題名 | 演者 |
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